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プロフィール
てっしー
てっしー
高崎市出身ですが、09年4月、20年ぶりに東京から戻ってきました。東京では音楽の仕事で、演奏や指導・指揮をしていましたが、現在は楽器店勤務でピアノを売ってます。音楽と釣りが好きで、それらを気ままに書き込もうと思ってます。

2013年11月14日

さようなら吹奏楽の聖地「普門館」

Yahoo!ニュースにこんな記事がありました

「普門館」音色途絶える 吹奏楽コンの聖地、改修を断念
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20131114-00000016-asahi-musi

耐震改修が出来ない為に使用できなくなるらしいです。
既に現在、全日本吹奏楽コンクールは普門館を使用せず、名古屋で行われていますが、もう普門館を使っての吹奏楽の大会が行われる可能性は無くなったということです。

 私が高校生の頃は「目指せ普門館!」なんていいながら部活動を頑張っていたもので、高校3年生の時には3時起きして始発で方南町に向かい、普門館の全国大会を初めて聴きに行きました。
当時は良い席を確保するために、開場前の寒い中ホールの前に並んで2階席の審査員席の横に座ったのを覚えています。
そして普門館というホールの広さに圧倒され、出場する高校生の演奏の上手さに驚かされました。

その後、東京に出て吹奏楽の指導をはじめ、普門館は何度も訪れました。

いつも「いつかこのステージに立てるだろうか」と考えながら客席で聴いていたと思います。

そして東京での吹奏楽指導人生最後の4年間で任された中学校は吹奏楽連盟にも加盟していない荒れた部活で、チューニングはもちろん、メトロノームでロングトーンすることも知らない生徒達でした。本当にイチから指導をはじめ、吹奏楽連盟にも加盟し、コンクールにも出場をはじめ、3年目ではじめて金賞、代表になり東京都大会で普門館のステージに立ったことがありました。

群馬に戻って地域の学校の吹奏楽部を見ると、どこも皆良い楽器を使っているので羨ましくなりますが、当時その中学校が普門館に出場した時は、クラリネットはタンポが破けていたりプラ管を使っていたり、チューバはロータリーはもちろん上位機種も無く管体は半分凹んだような楽器で、トロンボーンもテナーバスなど無く細管のテナー、バリトンサックスなどは他校の廃品になった楽器をもらって修理して使っていたり、オーボエ・ソプラノサックス・トランペット・ホルンなどは私の個人持ちの楽器を貸して使っていました。

本当に壮絶な4年間だったと思いますが、吹奏楽指導人生の最後にこの普門館に出場できたのは懐かしく大切な想い出です。

もう私は吹奏楽からは少し離れていますが、私にとって吹奏楽と普門館は切り離せない存在だったので、全国のスクールバンド関係者が目指す場所が「普門館」でなくなるというのは、自分の想い出がどんどん古くなっていくようで個人的には淋しい気がします。

でも、ありがとう普門館!



当時の写真が出てきました(笑)懐かしい…